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東京地方裁判所 平成7年(ワ)16063号 判決 1997年1月24日

主文

一  本訴原告の請求を棄却する。

二  反訴原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを一〇分し、その九を本訴原告の、その余を反訴原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

(本訴)

被告は原告に対し、五六九〇万円及びこれに対する平成七年八月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(反訴)

被告は原告に対し、四六三万五〇〇〇円及びこれに対する平成八年五月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  (本訴)

本件は、原告(反訴被告、以下単に原告という)が被告(反訴原告、以下単に被告という)に対し、タイ語ワードプロセッサーを製作し継続的に売却する契約(三年間で五〇〇〇台の売却)を締結し、内一〇〇〇台を製作し売却したところ、被告が不当に残りの四〇〇〇台の注文をしないので、右四〇〇〇台分の売却利益(得べかりし利益)五六九〇万円(一台あたり一万四二二五円)の損害を被ったとして、債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案である。

(反訴)

本件は、被告が原告に対し、原告が右継続的売買契約に基づきタイ語フォントを製作供給しなかったので、被告がこれを調達することになったとして、これに要した費用である四六三万五〇〇〇円を原告の不完全履行による損害であるとして請求した事案である。

二  争いのない事実等(括弧内は認定に用いた証拠等である)

1 原告はコンピューター及び周辺機器のソフトの開発、販売等を業とする株式会社であり、被告は教材、教具、教育機器の開発、製作、販売等を業とする株式会社である。

2 原告は被告に対し、平成四年八月三一日、タイ語ワードプロセッサー(以下本製品という)を、同日から三年以内に被告から五〇〇〇台以上の注文を受け、これを製作し被告に売却する契約を締結した(以下基本契約という)。

3 原告と被告は、右1の契約を前提に、平成四年九月二五日、本製品のハードの製作を担当する鳥取三洋電機株式会社(以下鳥取三洋という)を加え、改めて本製品の継続的売買契約を締結した(以下三者契約という)が、これには、被告が右契約日から三年以内に、本製品を五〇〇〇台以上原告に発注する旨の約定(第五条)が、また、右の発注は原告と被告が売買について必要な条件を個別的に契約してこれをなす旨の約定(第六条)がある。

4 原告と被告は、平成四年九月二八日、本製品一〇〇〇台を単価、五万八七二五円、納期、同年一二月中旬とする個別的売買契約を締結した。

5 原告と被告は、平成五年二月二二日、被告が原告に対し、個別的売買契約に基づく売買代金の一部を前払すること、前記の本製品の納期にかかわらず、原告は被告に対し、開発中のソフトにつき修正をし、同年四月末日までに提出し、被告の確認承認をとること、被告が原告に対しフォントを提供すること等を内容とする覚書(以下覚書という)を締結した。

6 原告は被告に対し、平成五年六月末及び同七月末の二回に分けて本製品一〇〇〇台を納入した。

7 その後、被告は原告に対し、本製品の追加注文をしない。

三  争点及び当事者の主張

1 被告は原告に対し、本件ワープロ四〇〇〇台につき追加注文の義務があるか

(本訴)

(被告の主張)

(一) 基本契約に基づく平成四年八月三一日付基本契約書(以下基本契約書という)第四条には、被告が本製品を五〇〇〇台以上買い受けるよう努力する旨の記載があり、これによれば、右発注義務は法的義務ではなく、単なる努力目標にすぎない。

(二) 原告が製作した本製品のソフトは以下の不具合があるところ、継続的契約においては契約当事者間に協働関係が強く働くから、原告が先に右不具合を修正しない限り、被告には追加注文の義務は発生しない。

(1) 左右マージンの変更ができない。

(2) インデントによりマージンを設定しているときに、インデント内の文章に修正(挿入、削除、訂正)を加えると、マージンが崩れる。

(3) 英語モードで文字の挿入、削除を行うと行間隔が崩れる。

(4) ドイツ語表記のウムラウト、スペイン語表記のアクセントの打ち方に問題がある。

(5) タイモードのWの大小文字の大きさが他の文字とバランス上問題がある。

(6) 英語モードでロシア語、ギリシャ語の大文字、小文字とも他の国語文字とバランス上問題がある。

(三) 前記覚書においては、原告は本製品の製品内容を確定するために被告の「確認承認」を取らなければならないとされているが、原告は右確認承認を取っていない。よって、右製品の確定がない以上、これを前提にしたさらなる追加注文義務は被告にはない。

(四) 本製品の不具合は前記のとおりであって、重大かつ基本的なものであるから、追加注文しないことを正当づける特別事情がある。

(原告の主張)

(一) 基本契約書作成の際には、原告及び被告の各担当者間で、前記のように契約条項として「努力義務」との表現をとったとしても法的責任の追求が可能である旨の話が出ていたし、右契約を前提とした三者契約に基づく契約書(三者契約書という)には、明確に被告が追加注文の法的義務を負う旨の表現がある。

(二) 原告は被告に対し、本製品一〇〇〇台を納入した後被告に追加注文をするように求めたが、その際、被告は、パソコンの普及などで市場が悪くなったのでしばらく待ってほしいと要望したのみであって、不具合があるので追加注文をしないとの回答は、被告代理人が本件に関与するようになった平成七年七月まで全く出ていなかった。

また、被告が不具合と指摘する点は、以下のとおり致命的なものではなく、追加注文があれば、次の納品から修正する旨被告には述べてあった。

(二)の(1)について

左マージンの変更は可能である。また、用紙の右部分を空けるには入力文字を少なくするか、インデント機能を使用すればよい。

同(2)について

本製品のインデント機能はいわゆる段組機能といわれるものである。いわゆるぶらさがりインデント機能として使用する限り全く問題はない。

同(3)について

当初は、英語モードにおいて改行マークが重なる問題があったが、原告はこれを修正した。また、修正後は、文字を挿入し、改行マークが右はじに来た場合に段落が消える問題は残っているが、これは、改行マークを挿入すれば解決する。また、タイ語設定から、英語モードに切り替えて入力する場合には全く問題はない。

同(4)ないし(6)について

これらはフォントの問題であるところ、本製品のタイ語フォントは被告が提供する義務があるものである。また、フォント原型については被告の取引先であるオリンピアタイ社が提供し、最終確認し、さらに、被告の確認承認を受けたものである。なお、フォントの修正は極めて容易で追加注文の製品では修正が可能である。

2 原告主張の損害が発生したか(本訴)

(被告の主張)

原告は、継続的売買契約を解除せずに填補賠償を請求しているが、これは理論上不可能である。また、原告主張の追加注文義務がいつ、どのような形で損害賠償義務に変わるか不明である。また、原告は、本製品の不具合を修正していないのに、修正の上被告に履行の提供をした場合と同様の請求をしており、不当である。

(原告の主張)

右主張は争う。

3 原告にタイ語フォント製作供給に関する債務不履行があるか(反訴)

(被告の主張)

タイ語フォントの供給義務は契約上原告にあるが、被告がフォントに関する情報を原告に提供することになっていたことから、これを原告に提供したところ、平成四年八月ころになって、原告は独自に入手したタイ語フォントを使用するとして実機適用するに至った。しかし、平成五年二月ころ、右フォントはタイの学校教育で全く使われていないことが判明し、フォントを入れ替える必要に迫られた。そこで、被告が、オリンピアタイ社から取得したフォントを原告に提供したが、これを従来のものと入れ替えるための費用として、被告は平成五年六月三〇日と同八月三〇日の二回にわたり合計四六三万五〇〇〇円の支出を余儀なくされた。右は原告の義務不履行によって生じた損害である。

(原告の主張)

前記覚書でも明らかなとおり、被告は原告にタイ語フォントを提供する契約上の義務を負っていた。よって、前記費用を被告が負担するのは当然であり、事実原告はこれを被告に請求し、既に被告は納得して支払済みである。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(本製品の追加注文義務の有無)について(本訴)

1 原告の主張は、要するに、被告が原告に対し、基本契約ないし三者契約に基づき、本製品四〇〇〇台を単価五万八七二五円で右各契約後三年以内に注文(契約の申込み)をする法的義務があるところ、これをしなかったので、原告が被告に右台数を売却した場合の原告の得べかりし利益を損害として賠償せよというものであるので、被告に右の法的義務があるかについて検討する。

2 争いのない事実等及び《証拠略》によれば、基本契約書第四条には、(努力義務)の表題のもとに、被告が、契約締結後三年間に、本製品を五〇〇〇台以上原告から買い受けるように努力する旨の表現があり、これは、右契約書案として「第四条(本製品の最低保証)被告が原告より購入する本製品の最低保証台数は、本契約日より三年間に2モデルを五〇〇〇台とする。第一六条(契約不履行)前第四条で明記してある三年間に被告の購入が企画台数に満たない場合、被告はその未消化開発費を原告に払うものとする。」とあったのを被告がこの条項では社内の決裁がとおらない等として原告に訂正及び削除を求めた結果採用されたものであることが認められ、以上によれば、同契約の段階では、被告にはそもそも本製品発注の法的義務はなかったと解するのが相当である。

なお、甲一〇には、「第四条を営業努力としても充分貴社の学研に対する責任の追求ができると文書課でいっていますので改訂していただけないでしょうか」との文言があり、これによれば、被告が本製品を発注しない場合に何らかの責任が生ずると認識していたことが窺われるものの、他方、甲一〇には、「前記原案の表現では社内決裁がとおらない」との表現があり、これは、被告が本製品発注に関する法的義務を認め、これを前提にした賠償責任を明確にすることはできない旨原告に表明したものと解すべきであるから、前記文言をもって直ちに被告が本製品発注の法的義務を認めていたとはいえない。

3 次に、争いのない事実及び《証拠略》によれば、その後、原告と被告は、基本契約書を前提に、平成四年九月二五日、本製品のハードの製作を担当する鳥取三洋を加え、改めて本製品の継続的売買契約を締結し(前記三者契約)契約書(三者契約書)を作成したが、右第五条には、(最低発注数量)の表題のもと「被告は右契約日から三年以内に、本製品を五〇〇〇台以上原告に発注する」との明確な記載があることが認められるところ、前記認定のとおり、被告は基本契約書作成において、本製品の発注が法的義務となるのを拒んでわざわざ努力義務なる表現をとったのに、三者契約では右表現に改訂することを承諾したこと、また、弁論の全趣旨によれば、三者契約は、本製品のハード製作に関する代金の支払を確保するとともに総体としての発注台数に利害関係がある鳥取三洋が加わってなされたものであると認められることに照らすと、右三者契約により、被告には、単なる努力義務の程度を超えて、本製品最低五〇〇〇台の発注をする法的義務が課せられたものとも解せられる。

なお、被告は、原告が三者契約に基づく請求をしていない(請求原因の変更をしていない)旨主張するが、本件訴訟手続において、原告が右の請求をしていることは明らかであり、被告の右主張は失当である。

4 しかしながら、本件で問題となるのは、前記のとおり、被告に本製品四〇〇〇台を単価五万八七二五円をもって発注する法的義務があるか(また、右義務は、右違反により原告主張の逸失利益の賠償義務が発生する性質を持つか)であって、これが、肯定されなければ、原告の本訴請求は失当となる。

そこで、この点について検討するに、甲五によれば、三者契約書第六条には、原告が被告に売り渡す本製品の品名、数量、単価、引渡条件、その他売買について必要な条件は、本契約に定めるものを除いて、個別的売買の都度、原被告間で別途締結される個別契約によって定めるとの規定があるところ、三者契約中には具体的に単価を定めた規定はなく、第四条に、本製品の価格は原告と被告が別途協議により定める価格表による旨の記載があるにすぎない。しかし、本件においては、右価格表の提出がなく、これが作成されたかが不明である。

この点につき、《証拠略》中には、本製品の開発費を回収するための売却利益を計算して本製品の売却単価五万八七二五円を算出したものであること、当事者が、右単価が五〇〇〇台すべてに適用される旨認識していたことを前提とする部分があり、甲一一の一にもこれに沿う表現がある。しかし、《証拠略》によっても、基本契約及び三者契約の際に、原告と被告の間で、どのようにして本製品の単価を算出するか(原告に右開発費を回収させるためには単価をいくらと定めたらよいか、あるいは、本製品の全体の取引を通じて原告にどれだけの売却利益を確保させるか)についての具体的な話が出ておらず、また、当初の一〇〇〇台の注文の単価をもって残りの四〇〇〇台の売買単価とするとの明確な合意がなされたわけではないことが認められる。そして、仮に、原告及び被告が、市場の悪化や景気変動等の様々な環境の変化があった場合にも、被告が絶対に原告主張の単価で注文をしなければならない法的義務を負い、これに違反した場合には右価格を前提とした逸失利益の賠償義務を負う旨認識していたとすれば、これらの点を三者契約中に明確に記載して然るべきであり、これは極めて容易なことである。特に、前記認定のとおり、基本契約書作成の際には最低発注数に満たない場合のペナルティーを契約書に盛り込むかどうかが問題となっていたのであるから、原告は、改めて三者契約を締結し、発注に関する文言を変更する際には、これを契約書に記載するように被告に要求して然るべきであり、被告が前記の意味での法的義務がある旨認識していたのならば、原告の要求に応じて右記載が当然なされたものと認められる。さらに、《証拠略》によれば、鳥取三洋は、原告から本製品四〇〇〇台のハードの発注がないことにつき何ら原告や被告にクレームをつけていないこと、被告は、本製品の売り先であるオリンピアタイ社と本製品五〇〇〇台の継続的売買契約を締結しているが、被告は同社に対し、本製品の追加注文を求めたり、追加注文がないことにつきその責任を追求していないことが認められるのであって、これに前記事情も考え併せるならば、もとより、原告は、基本契約及び三者契約の際には、既に当初の一〇〇〇台についての単価(五万八七二五円)が出ていたことから、これをもって残りの四〇〇〇台以上についての単価となるものと期待していたことが窺われるものの、右単価での注文が当事者間において前記の意味での法的義務にまで高められていたとまで解することはできないというべきである。

5 以上によれば、被告には、本製品四〇〇〇台につき単価五万八七二五円をもって追加注文をする法的義務があるとはいえず、右の義務があることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であり、理由がない。

6 なお、念のため、被告に右の意味での法的義務があったとした場合の法律関係について付言するに、争いのない事実等、《証拠略》によれば、個別的売買契約に基づく本製品一〇〇〇台は納期を大幅に遅れて納入されたが、これは製品チェックの過程で原告の製作したソフトの不具合が多数見つかったことや原告が右修正に手間取ったことなどがその一因であったこと、右納品された商品には、右修正にもかかわらず、インデントによりマージンを設定しているときにインデント内の文章に修正(挿入、削除、訂正)を加えると、マージンが崩れるなど、なお、当事者間で予定された本製品の機能に比して不十分な点があり、被告は原告の本製品の製作能力や技術に疑念をもったこと、右の不具合な点については原告及び被告ともこれを修正改善する必要がある旨認識していたこと、その後、原告は被告に対し、本製品の追加注文をしてほしいと要請をしたが、被告はこれに応じることなく、右の不具合についての修正を求め、その納期はいつになるのか再三問い合わせたこと、これに対し、原告は、追加注文してくれれば、その際修正すると述べるばかりで、具体的にその修正方法などを示さず、右被告の要求に真正面から回答しなかったことが認められ、右認定を覆すに足る的確な証拠はない。

ところで、本件の三者契約は、数年にわたって継続的に製品を製作、売買するというものであるところ、このような継続的契約においては、契約当事者が信義に従い、契約目的実現に向けて互いに協力しあうことが要請されるというべきである。

本件においては、前記認定の事実によれば、被告が原告に対し、本製品を追加注文する前提として、原告に右不具合の修正についての具体的な見通しを示すよう迫っているが、被告が右行為に及ぶのはもっともな事情があったというべきであり、そうすると、原告としては、被告に追加注文をするよう求めるにあたっては、まず、被告の前記疑念を払拭し、右不具合の修正につき具体的見通しを示す信義則上の義務があったというべきである。ところが、原告は、前記認定のとおり、被告の右要求に対し、追加注文してくれれば修正すると表明したにすぎず、これ以上の対応をとらなかったものであり、右事情のもとでは、原告は被告に対し、本製品の追加注文をするよう要求することはできないというべきであり、よって、被告も右注文をする義務はない。

7 以上述べたところによれば、いずれにせよ、本訴請求は理由がないというべきである。

二  争点3(原告にタイ語フォント製作供給に関する債務不履行があるか)について(反訴)

争いのない事実等、《証拠略》によれば、平成五年二月二二日に締結された前記覚書第三条には、「被告がフォントを原告に提供する」と明確に記載されている上、原告が被告に対し請求した右フォントの入れ替え費用については、被告が、平成五年六月三〇日と同八月三〇日の二回にわたり合計四六三万五〇〇〇円を何らの留保なく支払い、その後も本件訴訟に至るまで、被告がこの費用を明確な形で原告に請求したことはないことが認められ、以上によれば、被告主張の費用については、フォント提供義務の一環として被告が負担する旨の合意があったものと認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

よって、被告の反訴請求は理由がない。

三  以上によれば、本訴、反訴各請求とも理由がないから、いずれも棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 齋藤繁道)

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